壁の言の葉

unlucky hero your key


 閉店から開店までの、
 人の少ない深夜をつかって、
 店舗の工事をしてもらった。
 自分の勤務する店舗と、
 くわえてそのビル全体の、
 ちょっとしたメンテナンスである。


 あたくし闇生の本業はエロDVD屋なのである。

 
 職人たちを信じて鍵をあずけ、
 一夜明け、店に入ってみたらおどろいた。
 作業のあとに使ったらしい手洗いは、黒く汚れたまま。
 排水溝にはタバコのフィルターが数本詰まり。
 壁には養生テープが残されている。


 げんなり。


 養生テープの剥しわすれは、まだいい。
 うっかり、というレベルと受け取ろうじゃないか。
「もおっ、おっちょこちょいなんだからあ」
 と旦那の頬っぺたのご飯粒をとってあげる新妻のスピリットでいこうじゃないかと。
 問題は、排水溝の吸い殻なのな。
 思うに、
 作業のかたわら吸っていたタバコを、
 飲みかけのコーヒー缶にダンクして、


 じゅっ、


 灰皿とした。
 そこがまずいただけないが。
 そのゴミの分別しようのなさったらなく、
 いたたまれないほどであるのだが。
 それを帰りがけに、
 よりによって客の手洗いに棄てていきよったと。
 やりやがったと。
 そうとしか考えられないその痕跡。
 言い換えれば、あれだ。


 こき逃げ。 


 おまえら、
 職人としてのプライドはねえのかと。
 工事が入る前より汚して帰ってどうすんだと。
 憤懣やるかたなしである。
 おもえば今週のケービは、
 そんなプライド意識の欠けた職人チームの現場であったっけ。


 ちなみにあたくし闇生は、
 本業のかたわらケービのバイトをしているのだが…。


 そもそも職人さんというものは、
 仕事の道具を、部外者にいじられるのを嫌がるものではないのか。
 いや、
 嫌がって欲しいとすら思う。
 思うよねえ。
 思いまくるよね。
 ケービという職務柄、
 その道具や資材が第三者にとって邪魔になりそうなに場合、
 やむなくそれを我々が片付けたりする場合がある。
 歩道につるはしが転がっていたら、ひょいと片付ける。
 んが、
 それだって、
 持ち主に気を使うものなのだ。
 ガサツな扱いはしないようにと。
 

 健気でしょ。


 嗚呼、
 それなのに今週の現場では、
 さながら雑務要員のように扱われてしまったのだ。
 あれこれと道具運びをやらせやがるではないの。
 ワイヤーの束をかかえて六階建ての屋上に階段で運ばせたかと思うと、こんどは「ハシゴをもってきて」という具合。
 あれもってきて。
 これもっていって。


 ケービじゃねえよ、これ。


 たしかに現場の掃除など、
 多少のことならお手伝いもするさ。
 が、
 それらは本来の警備業務ではなく、
 付帯業務としてのことだ。
 ギリッギリ。
 オマケっていうやつよ。
 それが道具や資材までとなれば話がちがうわけでえ。
 完全に作業のマンパワーとして組み込まれているではないのさ。
 言っておくが我々に給料を払っているのは、彼ら職人ではないのよ。
 下請けであることには、ケービも職人も同等よ。
 なのにまるで我々をタダで使える人足とみなしている気配。
 こんな失礼な話はない。
 というか、
 繰り返すが、プライドはないのかおまえら、と。
 
 
 下っ端を怒鳴り、
 言葉汚くののしり、
 こき使う鳶の現場でも、
 ガードマンには『さん』づけだし、
 資材には極力触れさせない。
 昔は休憩のジュースの買出しもガードマンをアゴで使ったらしいが、いまはめったにそんなことない。
 それは、
 敬意でもなんでもなく、
 一線をひいているということなのね。
 職人と、素人とのあいだに。
 いうなれば職人の矜持というやつ。


 芸人のマネージャーを追ったドキュメント番組に、かつてこんなシーンがあった。
 オール阪神巨人につくことになった新人マネージャー。
 ネタを終えて汗だくで舞台袖に戻ってきた巨人に、彼はおしぼりと飲み物を差し出した。
 お疲れ様でしたっ、と。
 なんとかして師匠に打ちとけようという彼なりの気づかいであった。
 が、
 なんとそれを巨人は拒んだのだな。
 曰く、
 こういうことは弟子のやることであると。
 師匠である自分がこれを受け取ってしまうと、弟子の面目を潰すことになると。
 弟子とマネージャーは違う。
 マネージャーはマネージャーとしての仕事をきちんとしてください。
 




 これ、
 わかる?



 わかんねえだろうなあ、
 他人の家の排水溝に吸い殻詰めるようなやつには。
 ガードマンを人足扱いするやからには、
 わからんのだろうなあ。
 
 

 


 
 ☾☀闇生☆☽

 
 たとえば、
 ミュージシャンだって、
 スタジオのガードマンに自分の楽器をいじられたくはないでしょ。
 逆にガードマンも、
 持ち場の交通誘導を他人にまかせたりはしないよ。
 とまあ、
 そういうプロ意識の意味において、
 使われていたのだと解釈している。
 例の『男子厨房に入るべからず』という古い言葉はね。
 ただ時代がかわっているので、字義通りでは無理があるわけでえ。
 ならば差別的な卑屈でとらえずに、
 あえて区別的な矜持であったとふまえれば、
 ほら。
 各々の現状に置き換えられるにちがいない。 




 ましてやあたしゃひとりもんだ。
 自炊しなきゃやっていけない。