クリストファー・ノーラン監督作。
 DVDにて。


 以下、
 ネタバレでいく。







 人体の瞬間移動というマジックがある。
 棺おけのような箱に入っていたはずの人が忽然として消え、
 瞬時にほかの場所から現れるという。
 乱暴に言ってしまえば、
 その大ネタに命を懸けた二人のマジシャンの物語なのである。


 マジックであるからして言わずもがな必ずタネがあり。
 同じネタでもその演出や構成の趣向次第ではまるで驚きが違うという点で、映画など他のエンタメにも通じる題材なのであーる。
 あるいはいわゆる『すべらない話』などの和芸でもそうなのだが。
 して、
 それに携わるものたちは、
 そのタネをひた隠しにすることと、
 あるいは盗むことに心血をそそぐというわけ。
 そのあまり、勝ち得た名声と引き換えに、日常的な幸福を棒に振ってしまうこともあるらしく。
 ここに取り上げられたライバル関係のふたりはといえば、まさにそれで。
 もはや取り憑かれているといっていいくらい。
 映画はそんな二人の狂気にまで踏み込んでいくのだった。
 

 さて、感想だ。
 サスペンス映画としての醍醐味、どんでん返しが二重三重に仕組まれて、映画自体がトリックに溢れているという点は良かった。
 うん。
 おもしろい。
 よくできている。
 ただ、
 あちこちで言われているように、ラストのぶっ飛び方で賛否は大きく分かれてしまうのだろう。
 ともすれば置いてけぼりを食らう。
 少なくとも、
 物語的には決着しているものの、どこか腑に落ちない。
 ……ということに気づいてしまうのね。
 かくいう闇生もそこが気になっているのだわ。
 まさにいまね。


 問題は、
 タネがあってこそのマジックであるのに、
 科学によってタネ無しでもそれができてしまう事態が起こっちまうとこ。
 いや、
 言い換えよう。
 手品としての人体移動など消し飛んでしまうような科学技術が実際に発明されたのにもかかわらず、あえてそれでもマジックとして演出することの意味は薄いのでは、と。
 つまり、
 返す返すもネタバレであると断って書くのだが、





 瞬間移動ではなく、
 なんとびっくり、ここでは人体を複製する機械が発明されてしまうのだ。
 同一人物を、瞬時に別の場所に複製できると。
 となればなんのことはない。瞬間移動のタネには事欠かないわけで。
 んが、
 それを使ってまで、わざわざ瞬間移動のごときマジックをする意味はなんだろうかと、あたしゃ思ってしまうのだわ。
 人体複製機のほうが、とりもなおさず大発明なのだし、
 たとえお金儲けが目的であるにしても、
 もしくは名声が目的であるにしても、
 たかだかマジックショーよりは、規模も価値も格段に上じゃーないか。
 いわば歴史的事件だ。


 たとえば。
 人体を真っ二つに切断しても生き続け、
 活動し、
 しかるのちにまた元通りになるような医療技術が発明されたならば、わざわざその発明をひた隠しにして人体切断マジックなんぞには使わんだろうと。


 映画は、物語として決着がついているし、
 画面もそつなくやっているので、なし崩し的に納得させられてしまいがちなのだが、そうはいかんぞと。
 タネ無しなら、マジックにあらずだ。
 しかも仕掛けを超常的なとこへ落とし込むのは、手品を題材にするうえでの禁じ手といっていい。
 せめてもうひとひねりして、そこにもタネがあるというオチを期待していたのになあ。
 とまあ、そんなあたしだ。
 すまん。
 きっと映画にふられちゃったのに違いない。




 ☾☀闇生☆☽