なるほど。
 あらためて書くけど、
 「頑張ろう」
 や
 「一人じゃない」と日々連呼される言葉は、
 被災者に向けられていると考えられるよりは、むしろその周囲。
 支援者や復興にかかわる人に対して投げかけられていると解釈すべきではないのかな。
 Pray for Japan.の「Japan」は被災民ばかりか、そのほかの国民も含まれているわけで。
 海外からこの国難に同情した人たちからすれば、直接的な支援ができないのだから、もどかしいことこの上ないはず。
 彼らのもどかしさも背負っての、支援だ。
 頑張ろう。
 んで、
 他人のためだからこそ、頑張るしかないし。
 なんせ他人のためだもんで、ひとりじゃないわけね。
 つまりこの言葉がうざく聞えている間は、悲痛な当事者だと。
 仮に当事者がやけになろうが、
 国中の心ばかりのちょっとずつの頑張りが、きっとそこも助けちまうんだな、これが。
 

 なにも血眼の不眠不休ばかりが頑張りではないはず。
 硬直しちゃうのは逆効果だ。
 しれっとしてこなせる程度が、最大の効果をうむ場合が多いのよん。
 そうと判ればつとめてリラックスするのだって頑張りなのだ。
 余分な力を正確に、頑張って抜く。
 アスリートのように。
 剣豪のように。





 見たことないけど。。。




 投票での見極め、選択もまた、
 各自の頑張りっす。





 情報に惑わされないように警戒するのも、
 情感に流されないようにわきまえるのも、
 といって無関心にしないようにする心がけも、
 つまりはそーゆーことなのです。
 なげてはいかんの。


 ☾☀闇生☆☽