がんばれ









 という言葉がうっとうしく思われるほどに、
 まるまると肥えさせてしまった自意識が、当面の敵となるわけだ。
 心の折れてしまった人にとってはね。
 それを人は絶望といふ。
 自意識の独房だ。
 折れていなければ、
 そもそもそれが自分に投げかけられている言葉だとは意識しないだろうし。
 どこ吹く風である。
 おそらくは自意識のメタボを恥じることから始まりは、始まるのだろう。
 頑張れ、
 はそんなメタボになんか用は無いのだ。
 極論すれば、あなたの無意識にこそ用がある。
 こっそり刷り込んだろと。
 見返りご無用の押し売りなのだな。
 救えなかった人をうじうじと思うならば、
 その救えない自分をこそ、救うべきだ。
 自助あってこそ、人を救うことができる。
 自力で泳げない人に、溺れた人は救えないというこった。
 して、その救えなかった人は、そんなあなたを待っている。
 

 それでもうるさいというならば、
 それもよし。
 自意識をスリムにすれば良い。
 頑張れ、は陳腐な他人事になるだろうし。
 どこ吹く風のすかしっ屁のように、
「くさっ」
 と過ぎ去ることだろう。
 それでもかまわず誰かが言うはずなのだ。
 がんばれ、と。
 そしていつか、





























 おまえもなっ。











 そう言葉を返すとき、
 独房は開かれる。


















 ☾☀闇生☆☽

 
 再建じいさんを見習うべし。