エロ屋の勤務中、
 朝一の入荷と、通販の処理がひと段落ついたので、同僚がネットのつまみぐいをおっぱじめた。
 まもなく古いアニメの主題歌を特集した動画に行きついて。


『樫の木モック』


 これのジャズっぽいアレンジなどに、つかのま感心してしまうことに。
 ウラに入ってくるブラスの妙ったらなく。
 たかだか子どもアニメにこの凝りよう。
 などと思うのは本末転倒であろう。
 子どもの、そのやたらおもしがろうとする触手は、本気の遊び心で向き合わないかぎり、そう簡単にくすぐれるものではないのだから。


 ぴっこぴっこぴんぴん、
 ぴっこぴっこぴん♪


 メッセージよりも何よりも、言葉のおもしろさやリズム感を重視しているとこが、この時代のアニメソングの特徴なのだ。
 やがて動画は、すっかり忘れていたこのアニメのオープニングにいきついて。


『けろっこデメタン』


 思わずふたり、
「うわあああ」と声を上げた。
 なんと哀調な、
 してなんとヘタレキャラな主人公かと。
 よくもまあこんなんで、あんなにまでヒットしたものだと。
 それもこれもこのオープニング曲の力が大であろうと思われる。
 しかしまあ、改めて歌詞を聞いて驚いたよ。


 蹴っ飛ばされても、すぐ起きろ。
 ふんづけられても、また起きろ。


 どーよ。
 いじめにあっても、被害者意識になんぞ依存すんなと。
 自分で立てと。
 声量もゆたかに突き放すのだが、
 即座にこう補うのだな。


 負けても泣かずに、笛を吹け。


 イエース。
 No Music, No Life.
 しかもインプットではなく、アウトプットで行こうぜとくるのだな。
 その負けっぷりを、
 情念のありったけを、
 音楽にたくして表現せえと。
 曰く、こうだ。


 ぴーひょろケロケロぴーひょろろん。


 言わずもがな「ぴーひょろ」でもって笛の音とその節回しを表現しているわけなのだが。
 ケツの「ひょろろん」はどうだろう。
 とりわけ語尾の「ろん」だ。
 この「ん」を笛で表現するのは、至難の業かと。
 つまりはデメタン明らかにおどけてござるわけで。
 ちょっち色気づいて、おもしろがってもござると。
 それがこの「ろん」に集約されている。
 とどのつまり、泣いたカラスが、
 もといカエルが、もう笑った。
 などと思う間もなく、


 ほーらほーら
 ラナタンが飛んでくーるー。


 ヒロイン、飛んで来ちゃったよ。
 このヘタレ、
 笛ひとつでオンナを呼び出すとんでもないコマシなのである。
 ラナタン、召喚獣あつかいなのであーる。
 けど、注意して見てほしい。
 ラナタンが満開の花弁に乗って参上することを。
 花びら。
 そう。それは古来女性のそれを隠喩するものであって。
 それが満開となって訪れると考えればだ、
 そうまでさせるデメタンの笛の音とはいったい何なのかと。
 笛と言うその棒状のものもまた、隠喩ではないのかと。
 して問題は「ぴーひょろ」と「ひょろろん」のあいだの「ケロケロ」なのだな。
 これが笛の奏でる音をあらわしているのではないことは明確であり。
 なんせ「ケロケロ」だもの。
 その音こそがカエルの象徴と言ってもいいのではないのか。
 つまりがアイデンティティー。
 蹴っ飛ばされ、
 ふんづけられた負け犬、
 もとい負けカエルではあるものの、どんなにヘタレであってもカエルはカエルだ。
 それ以上でも以下でもない。
 さながら、


 にんげんだもの


 ようするにカエルだもの、といった開き直りのアイデンティティーが、サブリミナル効果よろしく、笛の音に差し挟まれていたことがわかる。
 なんというテクか。
 デメタン。
 とくれば、おのずとこのメスを開かせる笛の音の謎が解けてくるだろう。
 有体は、発情期の求愛のうたであると。
 それも棒状の道具を使っての。
 で先の「蹴っ飛ばし」と「ふんづけ」はメス目当ての喧嘩。
 それに違いない。
 して、
 歌はこんな教訓をくれるのだ。
 たとえ負け組のヘタレでも、
 No Music, No Lifeで、
 アウトプットの表現欲で、
 「ひょろろん」のユーモアを保ちつつ、
 根っこのアイデンティティーを自覚していれば、
 ラナタンが御開帳で訪れるのだと。















 ほんまかいな。
















 ☾☀闇生☆☽


 あ。
 もう朝だ。
 仕事いこ。