壁の言の葉

unlucky hero your key


 通勤で使っているJR中央線(快速)は、都心のある区間だけJR総武線(普通)と平行する。
 よって並んで走行するその瞬間だけ、たまたま向かいの列車に居合わせた人と目があったり。合わなかったり。
 抜きつ、抜かれつ。
 誰にも見られていないと思いこんでつい鼻でもほじったその瞬間に、期せずして隣の列車から目撃されてしまったりと。
 あらいやだ。
 つかのまのランデブー状態となるのだが。
 今朝、
 風邪の熱に浮かされて朦朧としていたあたくしも、そんな不思議な道連れ状況を体験したのであった。
 先行していた普通列車が、停車駅に近づいたために速度を落とした。
 よってあたしの乗っている快速列車は通過のためにそれに追いついて、例によってしばし肩を並べる形に。
 ふと、読んでいた本から向かいの列車へと視線を上げると、真正面にスーツ姿のおっさんがいる。
 ドアの前で、車内には背を向け、
 つまりが平行しているこちらの列車に正対して立っておられる。
 けれど、おそらくはその並走状況に気付かなかったらしく。
 というのも、うつむいて何事かに熱中しているご様子であって。
 

 ちかっ、
 ちかちかっ、
 

 と、何かが光るのだな。
 おっさんの股間あたりで。
 えっ、と思う間もなく光は小さな炎となって、スラックスのファスナーあたりを舐めるように這い上がり始めた。
 あわてておっさん、ぱんぱんぱんと股間を叩いて消火にあたる。
 して、
 ランナーのリードを警戒する投手のごとく、肩越しに車内を一瞥して、やれやれ、気付かれてないようだ、と。
 そう思ったか、思わぬかのタイミングで、はからずも正面に凝視するあたくしと目があった。


 なにそれ。


 顔面に疑問をみなぎらせて睨んでやったのだ。
 列車はそのまますれ違って、それきりとなったが、今にしても思う。
 なにそれ。
 スラックスの毛玉的なものを、消滅せんとしていたのか。
 もしくはその○玉的なものを、事情あってこらしめていたのか。
 何かしらの突発事態を取繕うための無謀であることは、予測できるのだが。
 できたところで、わからんし。
 わかる自分が嫌になる。
 なにゆえそのシチュエーションで、よ。
 結果、スーツの股間に焦げ跡である。
 いい歳こいたおっさんが。



 いずれにしても、車内でライターというのは、ヒクなあ。







 ☾☀闇生☆☽

 
 すでに、おっさん自体が『ゆとり』なのでえ。
 平和だね。