先週のように大規模で、安全対策的に非常に緊迫した現場の日々というのもなんなのだが。
 今週のように、はてさて、なんにもやることがないじゃらほい、というのもなんなわけで。
 とどのつまりが、立っているだけ。
 警戒すべき対象が無い、と。
 時間が経たねーのなんのって。
 もお。
 しかもやることがないのに配置人数が二人であるぞと。
 けどまあしょうがない。
 そういう発注なんですもの。
 お給金をいただけるんですもの。
 

 あ。


 故意に言い忘れてみたのだが、
 不肖闇生、
 ダブルワークでケービのバイトをしている身なのであーる。
 でね、
 そういう現場ではそれとはなしに相方を観察してしまうわけで。
 つまりはヒマの対応策である。
 あやつはどう処理しているのでござろうと。
 むろん、
 いくらヒマだからといって、
 現場に砂のお城を作ったり、
 はたまた制服の上から乳首当てごっこしたりなんぞできるわけもない。
 一切は、人知れず脳内で済ますのだ。
 うむ。
 それをあたしは客観的に見てとろうと試みるわけなのだが、そのだいたいが、なんか知らんが、不意にほくそ笑んだりするもので。
 ようするに、


 えへへ、


 とな。
 まあ、なんだろ。
 思い出し笑いか、
 それとも、そんなヒマな状況を自嘲しておられるのか、
 あるいはこの不条理なる社会をたちどころに腰ぬけにする世界の前立腺を見出してしまったのか、
 どうなのか、
 ともかくも唐突に、声も無くほくそ笑まれる方が、多いぞと。
 つまりまあ、なんだな、
 やばいぞと。
 ともかくも、あぶないぞと。
 かく云うあたしなんかも、はたから見ればそんなもので。
 寒さしのぎに、やたらリズムパターンを練っていたりするわけ。
 どんつっぱんつかっつっぱんつか、
 どんつっぱんつかつかつっぱんつか、
 どどつっぱんつか。
 つっパンツか、


 おひょひょひょひょひょひょひょひょ。
 

 映画『暴力脱獄』では、
 主人公ルークは理不尽で放り込まれた独房での日々に、ついに心を折られ、
 また『マルコムX』でも、主人公は独房という名の不自由なヒマのなかで、狂っちまった。
 しかし『ショーシャンクの空に』の主人公は、違ったのだな。
 飄々として独房から帰還したのちに彼は、こうのたまうのだ。
 ずっと音楽を楽しんでいたのさと。
 なぜなら、心の中の音楽は誰にも奪えないのだから、と。
 言わずもがな、フィクションである。
 けれど、
 シラフで退屈しないこと、それを知性と呼ぶ。
 そんな言葉を聞いたことがあるのだ。
 きいた風な口をきいちまって、なんなのだが。
 してそれは、あくまで知性の一側面をのべたにすぎないはずだが、まあ不思議と説得力はあるんだぞと。
 あの『銀河鉄道999』にも、意味も無く列車が数日間停車し続ける話があったはずで。
 その退屈をどうやり過ごすか。
 その『不自由』をどう愉しむか。
 どうやってそれを『自由』に変換するか。
 鉄郎やメーテルは、音楽やダンスやらでそれをやっつけたのだ。
 陽気にギターを奏でるメーテルの姿には、正直ひいたが。
 路傍でほくそ笑むケービ員にひかれる云われは彼女にありはしないだろうし。
 その陽気をこそ強さと、呼ぼうではないの。
 この際だ、声高々と、路傍で叫ぼうではないの。
 自由ほど不自由なものはなく、
 不自由ほど、自由への近道はないのだから。


 とかなんとか。
 えらそーに、かましてみたぜ。


 ともかくも、
 そんな葛藤は、ことのほか疲れるわけで。
 気晴らしがてら、
 休憩時間に現場界隈を散策したのだが、
 したら、










 










 自然公園を発見。










 








 否応も無く
 目をほどかれて。











 


 









 桃の花なんぞ撮って、
 たそがれてみたり、









 










 みなかったり、










 










 え?











 










 あの夏の、
 残留思念に出くわしたりして。
 ふううん。
 本体が死してなお、
 しがみつきますか。
 




















 えへへへへ。

 退屈とは、怠慢の現れなのだっ。






 ☾☀闇生☆☽