さらに付け加えちゃお。
 どうせはみ出すのなら、もっと思い切ってはみ出すというテもあったのだ。
 腰パンぐらいでクレームされるくらいなら、俺出ねーよ、と。
 つまりはハミチンで謝るくらいなら、いっそフリチンで胸を張るというテである。
 出場そのものを取り止めて、ぷいと帰っちまうのだ。
 たとえば中世の浮世絵師たちが、ご法度に触れるのを覚悟で春画を作り続けたようにだ。
 覚悟をもった表現は、人の胸に何かしらを残すはず。
 たとえそれがエロであっても。
 いわずもがな、着こなしもまた、表現法なのだし。
 して、そもそもあれは、元囚人であることをひけらかす反逆の意味合いを持つわけで。
 ましてや公式の場だ。
 やるならガツン。
 オリンピック、クソくらえと。
 やらぬのなら、潔くゴメンナサイだろう。






 ☾☀闇生☆☽


 ところで、
 フリチンが正しいのですか?
 あたしゃずっとフチンと言ってました。


 振る、チン。
 もしくは、
 Full of チン。
 視界はチンでいっぱいさ。
 で略して、フルチンと。


 フリチンなら、
 振り、チンという具合で「振る」というある種の自発性に欠けるという印象がどうしてもぬぐえない。
 いや、ぬぐうまい。
 ぬぐいがたい強き意志が、振る、にはきっとあるはずだ。
 あるいは、
 フリチンのフリはFreeなのか。
 そうなのか。
 そのときチンは解き放たれて、自由なのだろうか。
 風に吹かれているのだろうか。 
 ややっ、
 無料という意味合いもあるぞ。
 どうだ。
 どうなんだ。
 

 

 調べもせず、
 のたまいっぱなしに、する。