マイケル・ジャクソン THIS IS IT.』丸の内ピカデリー1にて


『ぜひ巨大スクリーンで。
 俺は上映期間中にもう一度観に行く』


 珍しい。
 ジャズ畑の友人が繰り返しメールで推してくる。
 ぐいぐい来る。
 格好良さに泣かされたのは初めてだ、とまで言う。
 そっか。長年の付き合いだが、俺の格好良さにはまだ涙したことがないのだな。あいつ。
 ともかく。
 無論、興味はあった。


『THIS IS IT』


 もともと創作の現場、という産みのドキュメントにはこの闇生、強く惹かれるたちなのである。
 それが映画であれ。
 漫画であれ。
 音楽であれ。
 もしくは服飾デザイナーのや、宮大工のそれであれ。
 黒澤明のドキュメントフィルムはあらかた持っているし。
 宮崎駿のならば、ともかくも観ておかなくてはというただならぬ義務感すら覚えてしまう、そんなイタイやつで。
 ミカバンドの再結成ライヴのDVDを購入した目当ては本編ではなく、実はオマケのレコーディング・ドキュメントであり。
 この、生来の服ダサ男が、わざわざヴェンダースが監督した山本耀司のドキュメントを追ったのも、そんな好奇心によるのだ。
 もとい、
 所詮は覗き趣味だ。スケベ根性による、と言い直そう。
 想像から創造へ。
 とある方面で極めた人の、その極めの秘訣と言おうか。
 あるいは正体と言おうか。
 そのタネは、たゆまず妥協を排し続けるその継続力にあるわけで。
 して、それに励む横顔こそが、スケベなあたしにとって、なによりの『具』なのであーる。


 とはいえ、
 マイケルのCDは、一枚も持っていない。
 隠しても仕様がない。
 ほんとに持っていないんだもの。
 あまりにメジャーのど真ん中すぎて、手を出せずにいるのよ。
 この感覚、わかる?
 あたしが長らくエヴァンゲリオンドラゴンボールを遠ざけた数多ある理由のひとつに、それがある。
 そんなうすっぺらい輩が、これブームとばかりにぬけぬけと劇場に行っていいのか。
 よりによって、その死をきっかけにだぞ。
 おいおい。
 と、それくらいの羞恥心は持ちたい。
 てか、持てよって話だ。
 加えて自制心だってあるつもりだったので、興味は抱きつつもDVD待ちにしようと構える、なんだかんだ言っても結局はそんな平凡な奴でおさめる算段をしていたのだな。このたびは。
 そこへきて、先にも述べたが、意外な(ジャズ畑)奴からの、意外なほど熱いメールだ。
 検索すると、まもなく上映が終わってしまうではないの。
 もはや次週は無い。
 ならば、とあわてて劇場にはせ参じたわけ。


 結論から言えば、
 上映開始一分で泣いていた。
 すまん。
 なんか知らんが、すまん。
 それを拭けば周囲に泣いたと知られるので、流しっぱなしにしておいた。
 で、なるほど大スクリーンに大音量で体験しておいて良かったわあ。
 と、奴が執拗に推すわけを理解して、感謝。
 あたしの席は前方の中央。
 さながらライヴ会場のアリーナのかぶりつきである。
 バスドラとベースの重い振動を腹に受け、硬質なスネアに的確に胸を撃ち抜かれ。
 それらを指揮するマイケルを見上げるのだ。
 なんだろう。
 この人のスキの無さは。
 そんなマイケルの一挙手一投足に全身全霊で共鳴しようとするダンサーやミュージシャン、スタッフを含めた現場の緊張感といったらない。
 それでいて強固な一体感を保ちつづけて。
 どうよ。
 リハからして青く燃える、このテンションは。


 DVD派、ざまみろと。


 場内が暗転して予告編が始まったころ、隣の席についた女がケンタッキーを貪りはじめたときには、思いやられた。
 むしゃむしゃ、がしゃがしゃと。
 鼻息も荒々しく顔中動かして咀嚼するものだから、あたしゃその時、絶望感すら抱いたわ。
 そんな必死の、
 いや決死の食事もまた、本編開始までには是が非でも食い終えようという、彼女なりのマイケルへのリスペクトなのだろうし。
 つまりは腹が減っては戦ができぬという、アレなわけで。
 アレとはつまり準備万端でマイケルを存分に感じようという寸法なのだろうが、あまりにむき出しなその待望感に、引いた。
 セックスの前の腹ごしらえかと。
 しかし、肝心の本編が始まってもなお、オイリーなチキンの芳香ばかりは哀しく場内を漂って。
 冒頭の涙は、その匂いに包まれてのことだったが、もういいわい。
 ケンタ女、泣いてるし。


 食ったり、泣いたり。

 
 しかしまあ、バンドうまいねえ。
 スリラーあたりからのライヴはすべて、口パクのカラオケに違いないという偏見を持っていたから、余計に新鮮だったよ。
 そしてマイケルのリズム感。
 これだね。
 いや『間(ま)』の極意と言おう。
 して、肉体のしなやかさ。
 周囲への気配り。
 五十歳だぜ。
 しびれるよ。
 しびれろよ。五十歳に。
 なんにせよ、歴史に残るエンターテイナーだ。
 一見の価値は、ありあまるほどにある。






 
 ☾☀闇生☆☽


 追伸として、欲を言おう。
 実際のライヴで流される予定だった映像が紹介されている。
 つまりは、ついに実現できなかったライヴを、できるだけ理想の形で体験させようと。
 けれど、観客が観たいのはマイケルであり、バンドを含めたナマの舞台の記録のはずだ。
 一秒でも、それを観たいのだよ。
 それと、
 後半にマイケルの願ったメッセージが強調される。
 んが、
 あたしなんざは生来のひねくれもんだ。
 そういう直球な理想よりも、プロのパフォーマーとして己を研鑽する彼の姿、リアルなそれにこそ胸を打たれた。
 言いかえれば、
 ファンは彼の背景にそんな『ひたむき』を感じるからこそ、あの直球すぎるメッセージをすんなりと受け入れるのだろう。
 己の美学を貫き、
 ついに貫き切った、その背中を拝むべし。


 三伸。
 マイケルと絡む女ダンサーのあのケツから脚へのラインっ。
 なんだよあれ。
 CGか。
 特撮か。
 デフォルメし過ぎでしょってくらい、メスとしてのアッパーのかまし具合で。
 うん、あれくらいでないと、マイケルがオスとして絡む説得力が出ないのだな。