ジャン=ピエール・ジュネ監督作『ロング・エンゲージメント』DVDにて
第一次世界大戦に出兵したひとりの若者。
男は戦場の混乱にまぎれて行方不明になるのだが、戦後になっても、その婚約者は彼の生存を信じつづけている。
女はひとり、男の消息を確かめようと、彼とゆかりのあった元軍人たちを訪ね歩くという物語。
言わずもがな、
この、フランスを代表する監督のひとつの到達点が、大ヒット作『アメリ』だ。
それ以前の作品が単館系のマニア向けのノリであったのに対して、アメリは社交性をもっているからだ。
なにを抽象的な、と思われるだろう。
自分でも思う。
んが、そう思いつつ、続けちまう。
そもそも『公』開が目的の映画に、わざわざ『社交』性などというのは、妙ちきりんな表現だ。
んが、
それを承知であえてこう云い換えさせてもらう所存でもあるのだぞと。
あの映画でこの監督は、咲いた、と。
これはそれ以前の『デリカテッセン』や『ロストチャイルド』が、緻密で、かつ極めて私的な価値観に統一された、いわば閉じた芸術であるとしての「咲いた」ということね。
誤解とそれによる反感を恐れずに、さらに云いかえてしまえば、咲くまえは、オタク芸の最高レベルを味あわせてくれたものだと。
(つまりあたしゃ、咲いたあととそれ以前を良し悪しでくくっているのではないのね。念のため。)
その切っ掛けとして、米国メジャーで『エイリアン』シリーズのメガホンをとったのは、やはり大きいはずで。
下品な譬えをかますが、きっとこのとき童貞を捨てたのに違いない。
苦かったか、
あるいは甘かったか、
どちらにせよその経験が『アメリ』に結実したのだぞと。
オタク芸の強みと云っていい『執拗で頑な』という、本来なら内向きの一面が、このときものの見事に外へと作用したのだった。
あ。
こいつ最高傑作、作っちゃったわ。
そんな印象が、ただならなかったものである。
だもんで、それ以降の作品となると、二の足を踏んでしまうという。
わかる?
こっから先は枯れ芸だか、衰えだか、あるいは『アメリ』は単なるまぐれだったかは知らないが、ともかくもこの上はないだろうと。
もう童貞には戻れないし。
といって米国メジャー映画風のなんて、彼がやるべきことでもない。
でしょ?
で、今作。
結論から云えば『アメリ』ほどに、作品そのものが欲している正解を出し切れていないのは確かだ。
戦争がその舞台であるからして、まず、ジュネの持ち味であるところのブラックユーモアも、いつもほどは光らないし。
また、光らせてはならないだろうし。
いや、チャップリンのようにやるテもあったのだろうが、そこまでは行ってない。
得意のメカっぽい小道具も、控えめで。
音楽の壮大さも、いまだ箱庭感を漂わせているジュネのキャンバスには、いまひとつ合っていないように思う個所が多かった。
ひょっとしたら、もっとオーソドックスなスタイルの監督に任せた方が、向いていたお話ではあるのだろう。
けれどそうなると、今度はアカデミー賞狙いの、自由と民主主義万歳を大仰に押した、例の「全米が泣いた」系になってしまうのも、なんだかねえ。
芸がない。
ううむ。
なんじゃかんじゃ言ってますが、良作なのよ。
それだけは強く言っておく。
目を引くシーンも多かったし。
随所で感動もした。
ジョディ・フォスターが出てきて、びっくらこいたし。
長尺でもあるから、
観るならガッツリとした心構えで、どうぞ。
☾☀闇生☆☽