連日の冷え込みで、つらい。
何がって、ケービのバイトが、である。
たしかに日常的に外を歩くのにはまだいい。
んが、
任務としてそこに居続けるというのは、たとえ運動量の多い工事車両の誘導にしても風が、そして冷気が、容赦なく差し込んでくるのだもの。
ましてや、うちの会社はいまだに防寒着が支給されず。
下着を重ねてごまかすしかないのであるが、それによる保温効果なんてものは、たかが知れるというものだ。
まいるよ。
骨身にしみるとは、このことか。
そこへきて、あれだものさ。
通行者からのクレームだものさ。
どういうわけか、一般に工事への苦情というものは、あたしらケービ員に持ちかけられるらしく。
「ったく。なんで工事なんかやってんだよっ」
「通れないのぉ? なんでぇ?」
「穴ばっか掘りやがって」
知らんよ。
知らんけど、態度は笑顔で「すんません」である。
心のままにとやらは通用しないの。
「次の交差点が工事中で歩行者も侵入できないんです。すいませーん」
そう説明しているのに、
「え? 右折はいいんでしょ? なんでだめなの?」
いや、だからさあああ。
うちらは工事会社から発注をうけて、言われるままにケービしているわけよ。
ケービ会社が工事をやってるわけじゃないの。
ね?
で、仕方なく現場の人を呼んでくるのだが、頑としてクレーマーはケービ員だけに訴えつづけるのね。
そりゃそうだわな。
現場の人、強そうだもの。
すんません。
と、なぜかうちらが重ねて謝ることに。
で、クレーマーが帰ると今度は現場の人に、
すんません、と。
それは作業を中断させてしまったことに対してだ。
沁みるぜ、風が。
「どうして通れないのよおっ」
その現場を工事の人が歩いてるってことは、私だって通れるってことよね。
だったら通しなさいよ。
「次のT字路に入れないってことは、どういうこと?」
すんません。穴掘ってますんで、右折も左折もできないんです。
「じゃ直進は?」
T字路ですから。
「え? 直進も?」
入れません。T字路ですから。
「マジ? なによそれえ」
工事の前からT字路っす。
「じゃ右折は?」
あのぉ。まず、交差点に入れないんです。
「え? 右折もダメえ? じゃ左折は?」
だからぁああああ。
メットも被らない。でもってヒールやサンダルを履いたおばはんやらおっさんやらが現場を無事に通過するまでいちいち工事を中断していたなら、またもや工期は伸びるでしょが。
予算も増えるし。
危険も増える。
ましてや大概の場合が、その地域を支えるライフラインに関した工事であったりするわけよ。
いってみりゃ、あなたの地域をより良くしようという工事なのね。だいたいにおいて。
それを邪魔してどうすんのって。
でもね、
今回は監督さんに言われたね。
かつて雇ったケービ員が、そんな理不尽なクレームに耐えきれずに噛みついてしまったとのこと。
その処理で大変だったのだそうな。
思えば俺もそうだった。
昭和の終わりのころ、少しだけこの仕事をかじったとき、クレーマーや誘導無視にいちいちキレていた。
こちらの説明をオウム返しに口真似されて、誘導灯を投げつけ、掴みかかったことすらある。
いま考えてもむしゃくしゃするが。
それはほかでもない、正義感の拙さがもとなのである。
もしくは、ひとりよがりといってもいい。
ぶちまけられた私心に対して、こちらの私心が、にょっきりと顔をだしてしまったのだな。
正義に執着する若さというものほど、理想において高飛車なものはなく、してそれは大概において単なるわがままであり、公私ない交ぜのぐじゅぐしゅのスクランブルエッグであるからして、言わずもがな個人が練れてはおらず、結果、融通がきかなくなるのではなかろうか。
とどつまりが、青かった。
おケツが。
そこへいくと、いい加減なやつはクレームもテキトーに流すから、ノーストレスと。
「むかつくんです」
これもまたあからさまに私心発信のもので。
レイプ犯を裁く法廷で、裁判員が被告に向かって投げつけた言葉だという。
嘘みたいな話だが、どうやら本当らしい。
これこそ、裁判員制度反対論者がもっとも危惧していたものではないのか。
そのサンプルが、実地に出てしまったというコントのようなことになってしまったわけである。
いったいこれを法廷という公の場でのたまうことの意義とは、なんだろう。
私、むかつくんです。
言われて、誰がどうすればいいのか。
「二度と繰り返さない気持ちは、あるか。それはどれくらいか?」
たとえばダウンタウンの漫才に、こんなのがあった。
それは松本が浜田に出題するクイズのネタで。
「さて、問題です。まさお君が八百屋で一個百円のりんごを三個買いました。さて、どうでしょう」
ね。
これ、どう答えたらいいの。
漫才はともかくとして。
気持ちをサイズで答えなさいって。
「海よりも深く」
とか言えば納得するのかね。
「東京ドーム20杯ぶん」
とかさ。
しかもこの裁判員、被告が即答できないことを批判してもいるのだな。
「ほら即答できない」と。
このやり取りの意味はいったいなんなんだろうか。
学級会か、これは。
不毛もいいとこではないか。
私心を暴発させてレイプした愚か者と、それにたいして私心(感情)を投げつける裁判員。
ましてや、そこは公の場であるからして、
残念。
なんせここは法治国家だものでよ。
むき出しの憎悪の投げ合いだけで済むのなら、そもそも裁判自体、いらなくなってしまう。
正義と法とは、完全には一致できやしないものの、なるだけ近づけていこうという地道な努力と切なる願いあってのことであり、少なくともその双方の理想形は私心を抑えてこそ保たれるのではないのだろうか。
完全に滅することまではできないとしても。
繰り返すが、公の場に挑むのだよ。
選ばれて。
大多数を代表してね。
だからどうだろう、アミーゴ。
そしてついでにクレーマーよ。
そこは私人としてではなく、ひとつ公を背負った個人として立つことを心がけてはくれないか。
法廷は、
そしてケービ員は、
私的に溜飲をさげるためにあるのではないのだし、てめえのカタルシスを得るためにだけあるのではないのだから。
☾☀闇生☆☽
う回路をご案内しても、
「毎日通っている道だから、気分わるいのよね。面倒くさいし」
凍えつつ、
しょんべんを我慢しつつ、
今日もまた謝ります。
すんません。
あ。
追伸。
本業はエロDVD屋ですから、不道徳を商いとしております。
その身の丈で正義だなんだとのたまうのはちゃんちゃらおかしいとはおもう。
寒い朝だもの。どうかそのへそで熱い茶を沸かしてほしい。
けど、道徳をしらねば、不道徳は愉しめず。
常態を知らねば変態を味わえぬと。
その逆もまた然り。
たとえば束縛によってある種の自由を得るのが、SMですから。
はい。