壁の言の葉

unlucky hero your key


 発芽玄米と無洗米、
 併せて一合を混ぜ合わせ、炊飯器にセットしかけたところで気がついたのよ。
 性懲りもなくまたしても目覚めてしまった朝に。
 炊きあがったところで、おかずがない。
 納豆もない。
 ネギと大根があるから味噌汁くらいなら作れるが、なんかちょっちサボりたい気分でもある。
 おっと、卵みっけ。
 んじゃ卵かけごはんでいいか。
 そうハラを決めつつ思いついた。
 どうせ今日は仕事がないのだ。
 ならば臭くなってもノープロブレムだわい。
 ニンニクを使おう。
 ここはひとつ、ふんだんに使ってしまおう。
 取り出しましたるは、ふだんから醤油に漬け込んであるニンニク五六片。
 おもむろに炊飯器の中に放り込みまして。
 ならばとついでにネギのぶつ切りも豪快に投げ込むと。
 でもって蒸気の穴の上には生卵を設置。
 そこに雀を生け捕るカゴの仕掛けのごとく、隙間をあけてお椀を伏せておく。
 こうすれば、飯が炊きあがったときには茹でた孫が。
 もとい、ゆで卵ができあがるという寸法でござい。
 ただしお椀の中を伝って落ちる汗がだらだらとはしたないことになるので、炊飯器にはタオルで鉢巻きをほどこすことを忘れちゃいかんと。
 どうでしょこの、やっつけ加減てば。
 見た目はかっちょ悪いが、こうしておいてウォーキングを小一時間。
 汗を流して帰宅すれば、ニンニクの香りがぷうんと出迎えてくれる。
 臭い飯、とはまさにこれ。
 だもんで、べつにひと様に出せるシロモノではないんですがね。
 とりあえずは腹の足しにはなるでしょ。こういうの。
 かき混ぜれば混ぜるほど、ニンニクのカケラは崩れて、溶けて、じんわりとしみこんで。
 くんずほぐれつ。
 酒池肉林。
 そこに本来なら生卵をダンクしてエロいことにするところなのだが、経験としては、ゆで卵をのせた方がニンニクが活きるのよ。
 わかる?
 生卵はご飯の熱々感を逃がしてしまうでしょ。
 でもって、これにニンニク醤油をちょちょちょっとかけてだな…。
 はふはふと。


 いけない、いけないと思いながら、おかわりをしてしまいました。


 さてさて、ケービ士のバイト。
 昨日も仕事がないはずだったが、その前の晩になって突然電話で指示が入った。
 ほっとしたよ。
 臨時警備だという。
 超有名観光スポットの屋外特設ステージ。
 そこで行われるイベントに集まる歩行者の誘導である。
 いやあ、車の誘導以上に厄介だったわ。
 なにがって歩行者がよ。
 制止聞かないんだもの。
 会場へと続く人の列を、定期的に路線バスが横切ることがあって。
 そのたびに「おそれいりまーす」と、流れを遮ってバスを通すという。
 たった一台やり過ごせばすぐに通れるのに「あたしだけは」と駆けだすのだものさ。
 一人駆けると、それを追ってまた誰かが駆ける。
 やっと人の流れをせき止めてバスに「GO」のサインを出した途端に、また飛び出す。
 んで、急ブレーキ。
 こんなのの繰り返しだったわ。
 印象としてカップルはゆとりがあって、こちらの誘導を聞いてくれるね。
 愛があるよね。
 それはつまりあれだ。
 車が通る間も、濃厚な二人の時間がマを持たせるからだろうし。
 男子たるもの、女子の前ではできるだけジェントリーに振舞いたいもので。
 とどのつまりが、
 ありがとう。
 きっとニンニクご飯なんか喰らうスキもないほどに、スキ間のないご関係で。
 臭い飯より、くさい仲と。
 あえて繰り返そう、
 ありがとう、と。
 そこへ行くとアイドル目当ての中学生がちょこまかと危なかったなあ。
 女子中高生ぐらいって、何かっていうと友だちと手をつなぐ時期があるでしょ。
 あれがね、
 あぶねえんだ。
 手ェつないだまま車の流れを読んで、唐突に横断しようとするのね。
 それも横断歩道のないところからさ。
 太ももも露わにガードレールを跨いでさ。
 会場からは音楽が聞こえてくるから、気持ちがはやるのは無理もないのだが。
 しかもそれが「会いたかった〜♪ 会いたかった〜♪」の執拗な連呼なわけであるからして。
 そこへ車が突っ込んでくるわけでしょ。
 先を駆ける方は自分ひとりのタイミングでそのまま駆け抜けた方が安全と考える。
 けど、手を引かれてそれを追う方は、タイミング的に、引き返した方が安全というポジショニング。
 さあ大変だ。
 でまた急ブレーキよ。
 こっわあ。
 うちらが仕切っているのだから、まかせてほしいのだが…。
 それと、ケータイの画面を見ながらの横断とかも多いなあ。
 あれ、何なんでしょ。
 地図とか見てんのかな。
 いかに高性能のでも、実際に接近中の車までは表示できんだろうに。
 轢かれてのびる自分の姿まで液晶越しに見られたらすごいけどね。
 なんかあったら、そのアイドルにも迷惑がかかるんだぞと。
 直接的には悪くなくとも、社会的に謝罪とかしなきゃならんのだぜ、あの人たちは。
 それが社会というものなのだし。
 それとだ、
 観光スポット目当てのお年寄りが意外や意外、飛び出すのには驚いた。


 走る老人。


 どうすか。
 それだけでなんかこわいっしょ。
 走るんだぜ、
 ご老人が。
 我先にと。
 まず絵づらがこわい。
 なにゆえ走るのか。ご老人。
 無謀にも突っ走ってきて言うことにゃ、
「○○寺は、どっち?」
 なにも走ってまで…。ねえ。
 おちつこう。
 まずおちつこう。
 お寺は逃げない。
 いや、
 お寺からは、逃げられない。


 とはいえ、
 この度は反省も多い闇生なのである。
 いまかいまかと横断を待ちきれない歩行者のプレッシャーに負けて、つい車を強引に制止してしまったこと。
 先輩に叱られちまった。
 よりによってバスを止めちゃったからね。


 やっちまったのさ。


 かててくわえて、なにより寒かったのがこの日の難関であった。
 凍えたよ。
 奥歯がちがちいわして。
 実働時間八時間だから社員としての本業よりはずっと短い拘束時間のはず。
 けれど、異様に長く感じるのだな。
 この日は数人のチームとして任務にあたったのだが、そのうちのお一人もダブルワークである。
 景気がもどるまでの短期バイトとして始めて、気が付けば、はや一年ということだった。
 こんなハズじゃ、と。
 みんなそんなこんなの毎日を過ごしてんのね。




 さてと、
 今宵は久方ぶりに映画のDVDでも観るかな。
 TSUTAYAにリクエストしといたのが届いたもんで。
 おつかれ。





 ☾☀闇生☆☽