壁の言の葉

unlucky hero your key


 ダブルワークのバイトに選んだケービ士。
 うちの会社は装備に厳格で、その社内規定が悪魔のように事細かい。
 バックルから出たベルトの先端は、上着のポケットの逆三角形の蓋の、その頂点の真下にくるようにだとか。
 揉みあげは耳の穴の高さだとか。
 して、その制服のためのワイシャツだけは各自で用意するのだが、これもまた規定があって。
 柄なしの白で、ハードカラーなのはいい。
 それはいい。
 問題は襟ね。
 つまりは首回りのサイズ。
 スーツ屋さんに採寸してもらって、それをもとに選んでもらったのでは、十中八九まずペケである。
 スーツ屋さんは着心地のゆとりを前提に見繕ってくれるのだが、いかんせん制服稼業というものは旧態依然とするものであり。
 また、したがるものでもあり。
 そんなしゃっちょこばったところをアイデンティティーのよすがとするのでもあるからして。
 ゆとりなんぞ問答無用。規定でふん縛っちまうのだ。
 首と襟のあいだは、せいぜい指一本が入るくらい。
 その程度のゆとりしか許してもらえないのよ。
 正対して首と襟のあいだに隙間がないように。
 うつむいてやっと首の後ろに隙間ができるように。
 いたいけなこのおっさんぼでぃをシャツで密閉するように。
 そんな無体な事情を店員さんに説明して選んでもらったのだが、週に一度の装備の点検でさっそくNGを頂いちまった次第だ。
 嗚呼、特価への誘惑を断ち切って、ちゃんとしたのを三枚も買いそろえたのにこれだもの。
 幸いあとの二着は未開封だったので、事情を話して交換してもらった。
 

 ただね、
 なんじゃかんじゃと厳しくされればされるほど、歳のせいか、それを言う資格を相手に求めてしまうのだな。
 あたしなんかは。
 鬼のように爪を伸ばした上司だとかさ。
 いたよ。
 所作の指の形まで厳密に注意するくせに、あの社内トイレの汚さ、臭さ、味気なさはなんじゃろかいと。
 いまどき公衆便所でも、ないぜあれは。
 教え方が一方的で、事務的で、下手くそなのもいるし。
 いかんいかんいかん。
 そういう頭の中のツッコミが知らずに顔や態度に出てしまい、結果、煙たがられるのだろう。旧若者というものは。
 もといおっさんは。
 それが実社会での年齢制限の由来のひとつでもあったりして。


 交通誘導のケービ士というものは、現場での着替えを余儀なくされることが珍しくない。
 よって移動は下半身だけを制服仕様のままにする人が多い。
 そんな事情で安全靴をがぽがぽ言わせてたどる帰り道、新人たる者、視線は自然と路傍のケービ士たちに行ってしまうもので。
 それは道路工事現場だ。
 他社のケービ士が片側交互通行の誘導をしていたよ。
 つい見入ってしまったのだが、酒焼けした赤い胸をはだけて、頸にタオル巻いてやがんのよ。その先輩おっさんたら。
 

 ええなあ、楽そうで。

 
 うちの社じゃ絶対許されんだろうな。
 などと思いつつ、今週はついに仕事がもらえなかったのだわ。あたくし。
 おそらく在籍証明とかいうのに手間取っているのに違いなく。
 現場は来週からになると思う。
 それまではふたたびエロ屋に戻る不肖闇生だが、このダブルワークのせいで店内着衣緊縛のイベントに居合わせることができなかったという無念がある。
 いや、無念でもないか。
 ケービだ、
 エロ屋だ、
 資格の勉強だで、頭んなかがごっちゃになっちゃってんだもの。
 正直、なにがなにやらさ。
 辞めてったバイト君とは十年近くの付き合いだったが、とたんに連絡が取れなくなるし。
 着信拒否られてんじゃねえ? 俺。
 いったいどこまで嫌われれば気が済むんだと、ひとりごちて、いる。




 どーにも広がらん。
 つながらん。





 
 人は云う、
 それを最下層のバイトと。


 ☾☀闇生☆☽


 あぱぱいじゃよ。あぱぱい。