いやなに、
 たかがケービ員のバイトといえども、もろもろの準備が要るのね。
 やれ住民票の写しだ、
 髪型の直しだ、
 なんだー、
 かんだー、
 洟かんだー、と。
 今日はケータイを買いましたよ。
 つひに。
 

 みんな馬鹿だよな。
 ケータイなんか持つから、つかまっちまうんじゃねーか。
 とピートたけしがのたまえば。
 仕事のできるヤツは、仕事のほうから追いかけてくる。と司馬遼太郎は大阪を離れなかった。
 逃げても逃げても仕事が彼らを逃がさない。双方ともそんなご身分である。
 そこへ行くと、こちらから馳せ参じ、ともすれば三顧も四顧も礼をつくさねば仕事にありつけないありさまの、そんなあたくしさまだ。
 これからはケータイを、文字通り携帯して、四六時中召集を待たねばならないご身分だ。
 ましてや、ワークシェア真っ最中だもの。
 一杯のかけそばを、何人もで分け合って食っている。


「お前の代わりなんぞはいくらでもいるんだぞ」的な〜。


 それはもう、無言のプレッシャーのるつぼなのである。
 あ。あいつナルトの切れっぱしふたつも食いやがったぞ。
 こいつのとこばっか揚げ玉が流れてくな。
 誰かが辞めれば、そのぶん給与がもどると。
 食えると。
 あいつこそ役に立たん、
 俺よりはあいつの方が。
 誰か辞めろよ、いい加減に。
 そんな視線が飛び交って、
 なにが助け合いのシステムか。
「お前の代わり」
 いや、それは露骨にメールで言われたこともあったんだ。かつて原稿を載せてもらったとこにさ。
 

 なんと矮小な身の丈か。
 吹けば飛ぶような。


 そう、
 司馬遼太郎といえばだ。
 あれは担当の編集者とのものだったか。
 会話のなかで、その人が司馬にこんな言葉を持ち出した。


 忙しい、忙しいと言う失業者。


 ようするに時間の有り余っている者ほど、その時間に追われるようにして日々を窮屈に過ごしている。
 時間を使っているのではなく、時間にこき使われている。
 それに比べて、分単位でスケジュールを組む本当に忙しい人は、決して「忙しい」とは言わないものだと。
 読んだのが相当に昔のことなので、ニュアンスは違っているとは思う。
 ただそのくだりを読んだ印象では、司馬を本当に忙しい人、と捉えて発せられた言葉だった。
 くだけた言い方をしてしまえば、司馬さんの忙しさに比べれば「忙しい」だなんて、そう気安く口走ることはできませんよお〜と。
 ケツの青い闇生としては、それは司馬におもねった言葉にも感じられた。
 しかし、司馬はこれに乗らなかったのだな。
 なるほど我々作家というものは失業者ですな、と。
 会社に属しているのでもなく、
 保障もなく、
 原稿のやりとりと連載の打ち切りは、社会通念、もとえ会社通念的には無体この上ないわけであって。
「お前じゃなきゃ」
 その価値ひとつで、食っている。
 

 たとえ会社に属しようが、
 その中で、
 どんなに小さく、そしてささやかな環境、もしくは状況でもいい。
「お前じゃなきゃ」
 そういう存在になれれば、いいでないの。
 それでもうほぼアガリだろう。
 それをおかずにして飯食っていけるよ。
 とかなんとかいいつつ、
 いくらでもスペアの居るケービ員の下っ端風情。
 ともかくも、まずはケータイの操作を覚えにゃならんわけ。
 前のはね、待てど暮らせど誰からもコンタクトがないので、イエ電と化していた。
 持ち歩いてもただただ重いばかりでさ。
 そこへいくと今回のは使用頻度は上がるはずだが、ケービ員専用機となるに違いない。
 
 




 
 ☾☀闇生☆☽