壁の言の葉

unlucky hero your key


 それは、上京して間もないころだ。
 年号はまだ辛うじて昭和で。
 どうにかして仕送りを受けずに生活をこなしてやろうと企んだあたしは、食うや食わずの日雇い暮らしにすっかりすり減らされてしまっていた。
 職の安定をもとめて、とある会社の門を叩いたのだった。
 求人誌の事業内容欄にはたしかこう記されていて。


『映像企画・制作・販売など』


 トレンディ、なんていう言葉を、猫も杓子も持てはやした、ちゃらけた時代。
 国際化、とかいう概念がひたひたと忍び寄り、その得体の知れぬ雰囲気に圧されるかたちで、人々が英会話に必要性を感じはじめていた頃。
 就いた仕事は、なんのことはない。悪名高き英会話スクールの勧誘だったのである。
 なるほど、扱う商品には当時まだ高価だったVHSの教材があるにはあった。


 映像企画・制作・販売など…。


 所詮は、学のないあたしのようなのを受け入れる会社である。おおかたそんなことだろうと覚悟もできていた、と今さらながらに強がっておこうか。
 さて、そんなこんなで営業ともなると給与形態は二種類あって。
 すなわち固定給制と、完全歩合制である。
 前者は、きわめて低いながらも安定した収入にはありつける。もし売上があるならば、その数に応じて多少の報奨も得られる。
 後者は、ひとつあたりの売上に応じた報奨の額が大きく、ひと月に3人も契約をとれば食いつなぐことができた。
 むろん会社としては、無駄な人件費は抑えたい。
 よって社内の空気は、完全歩合制をこれみよがしに歓迎するあられもないものであった。
 当然といえば当然のことであって。
 給与形態の選択にすでに、社員それぞれの仕事への姿勢が現れるのだから。
 となれば必然的に九割がたが後者を選ぶはめとなる。
 して、
 その日から社員は狩人となるのだ。
 獲物がなければ飢えるだけ。
 休日も祝日もそして退社時間までも、これといって強いられるまでもなく、自ら放棄するようになっていく。
 八時半の朝礼から、ビルの閉鎖時間の午前一時まで。
 声を張り上げ、チームを励まし、アポイントを渇望し。
 余ったアポイントは、仲間にゆずり。
 顧客が来社するやマンツーマンでプレゼンテーション。
 非情なるS.P.(すっぽかし)にめげず、
 恨まず、
 上司の恫喝にも耐えて。
 たとえ自分の成績が良くとも、まず帰れないし。
 帰らない。
 契約をひとつもとれずに青くなっている同僚がいたならばそれをサポートせざるを得ないように社訓が編まれているし。何よりクーリングオフにおびえるのがこの営業という世界。一瞬先は闇なのだ。
 自然、
 獲れるうちに契約を獲っておかなくては安眠できないというわけで、どっちみち働きづめとなる。
 帰宅するのは毎晩二時ちかく。
 当時はまだトイレ共同、風呂無しの四畳半に住んでいたから、これがなによりもこたえたものだった。
 どう頑張ってみても、銭湯の閉店時間に間に合わないのである。
 

 そして十ヶ月。
 ただの一日の休日ももらえずに走り続けたある朝。
 寝坊して、あわや遅刻かという緊急事態に、あたしはタクシーを使った。
 秋晴れの日曜だったと思う。
 かっこつけて言わせてもらえば、このときタクシーの窓から見あげた空が、えらく青かったのが理由だった。
 ここぞとばかりに、その空のせいにした。
 その空に、現状を丸投げにした。
 丁度イカ天ブームのころで。
 原宿では歩行者天国が毎週もよおされ、同世代人たちはこの空の下、路上の天国で青春を謳歌しているはずだった。
 それは十ヶ月、ろくに見上げようともしなかった空であり、見られずともちゃんとそこにあった空であり、のどかな休日の街を映えさせる蒼きキャンバスでもあったのだ。
 ほどなくあたしはまるで重役のように会社へタクシーを横付けしたわけだが、そのとき反射的にシートに身を伏せて運転手にこう懇願したのである。
「もうひとつ先の交差点まで」
 ようするに、ばっくれたのである。
 行く当てもなく、逃げ込むように映画館へ飛び込んだ。
 かかっていたのは『AKIRA』の再映だったような。
 すでに観ていたにもかかわらず、なぜかそれを選んでいた。
 そのあと、ふらふらと新宿を彷徨って西口方面へ。
 そして生まれて初めてストリップ劇場に足を踏み入れたのである。


 まず、もぎりのあんちゃんが、チンピラ丸出しの風情であると。
 微塵も愛想がなく。
 てか、ちょいギレであった。
 劇場内は暗くじめっとして、なんだか汚く、とてもじゃないが椅子に座る勇気まではもてなかった。
 けれども、つげ義春の漫画に出てくるような、そんな場末のいかがわしさに味わいがあって。ばっくれしたての緊張感をほどくには、この上ないひらきなおりのシチュエーションには違いない。
 客席は六割がたが埋まっていたはずだ。
 小さなステージの横に守衛の詰め所のようなブースがある。
 年老いたDJがひとり、そこへ立てこもって暗い顔でサラを回している。
 して、不意を突いて彼はマイクで客をあおるのだ。
 そのスタイルに、ひと昔前のディスコ文化の名残りが、
 というより干からびた抜け殻を感じて愉しかったが、いかんせん音が割れて何を言っているのかわからない。
 やたらめったら、
「マエはさっぱり元気がないのかなぁ?」
 そう連呼しているのだけはわかった。
 

 ステージは凸型の板張り。
 中央が客席にせり出している。
 その突端のあたりに五百円玉くらいの穴が、黒々と開いていて。
 そこはダンサーのおねーさんがたが妖しくターンをする折り返し地点。
 回転する彼女たちのきらびやかなヒールの先は、さながらコマの心棒である。辛抱たまらん心棒に長年かけて摩滅された、それは風穴なのだった。
 けれど、ベテラン嬢たちは慣れたもの。
 少しもそれに臆することもなく、もののみごとに穴を避け、踊り、そして咲き乱れていくのである。
 入店直後はその危険な風穴が気になって仕方がなかった若き闇生。
 んが、
 次第に雰囲気になれて状況を観察するゆとりが生まれてくる。
 というのも、
 実力主義といおうか、
 現実主義というのか。
 この赤裸々な花の市場では、お世辞や同情がまったく通用しない。
 そこに気づいたからだった。
 金髪のあどけない外国人ダンサーともなれば観客は固唾をのんで魅入るのだが、風格を備えた大御所クラスともなれば、露骨なまでにぞろぞろと席をたち、おのおのトイレやタバコ休憩に大移動を敢行する。
 途端に客はまばらとなり、凸型ステージの真正面で呆然と立ち尽くしていた純朴なあたくしは、不覚にも踊り子嬢と一対一に。
 がっつりとアイコンタクト。
 まるで蛇に魅入られた子蛙状態さ。
 なもんだから執拗に、
 それはそれは執拗に、
 そして押し付けるようにベテラン嬢は闇生めがけてご開帳してくださるのだけれども、昔からぶしつけに「食えや」と口元に突きつけられると、どんなに腹が減っていても顔をそむけるタチでござって。
 うむ。
 といって、あたしまでが移動してしまっては、あまりに状況がブルースだぞと。
 なので、日本人の哀しき『和』のスピリットとして、なにかしら義務的なプレッシャーに襲われたあたしは、つい、頑張ってしまったのだ。
 いつだってそうやって、つい、頑張りどころを誤って今に至るのである。
 ああそうさ、懸命に観たさ。
 それこそがこの場の正義であると信じて、凝視したさ。


 それでも地球は回っている。
 踊り子さんは、つぎつぎと代わっていく。
 めくるめく、とはこのことだ。
 さくらさく、ともこのことだ。
 めくるさくらに、あけくれて。
 そこでは比較的に金髪嬢たちは若く、日本人嬢たちはビンテージ。
 人気のあるかたほど露出は少なめで、ビンテージ嬢ほど、これでもかと。
 泣く子はいねえかと。ダメ押しをかけてくるのだった。
 それと、現在のように熟女がもてはやされる以前のことであるからして、観客の集中力は若い金髪嬢にばかり浪費されていたと思う。
 この、実力まるだしなストリップ格差社会は、営業の世界も同じであるからして、感じ入ることしきりだった。
 モテる奴、
 ナンパのうまい奴ほど、数字をとってきた。
 そのぶんクーリングオフも多いが、ともかく、とるにはとる。
 そして、この世界、契約をとらないことにははじまらない。
 そこへいくと、あたしなんざ…、
 嗚呼、あたしなんざぁよお…、
 などと腕組みをしていると、場の空気が一変するではないか。
 

 つかの間、緊張が走る。


 ステージ袖から、いかつい男がのっそりと現れたのだ。
 スキンヘッドに上下のジャージ。
 ごつい。
 なんせ、ごつい。
 パチパチパンチやポコポコヘッドでもおっぱじめそうな。そんな強面の、誰が見てもそのスジの人っぽい風貌である。
 彼は抱えてきた白い布団を、ステージ中央へ投げるように敷きのべると、その無愛想な面のまま傲然と立ち去った。
 あとからベテラン嬢が登場するや、老DJが音楽を変える。
「ジャンケンタイーム♪」
 そう叫ばれるや、わらわらと客たちが手を上げる。
 そして老DJにうながされるままにジャンケンをおっぱじめるではないか。
 いったい何ごとかとあたしゃ緊張しつつ見守った。
 やがて、冴えないおっさんが勝ち残った。
 彼はステージに招かれて、あろうことかその隅で服を脱ぎはじめたのだ。
 まさかとは思ったが、そのまさかで。
 おっさんはしみったれたブリーフを脱ぐと、よれた靴下のまま布団へ直行。
 腰をかがめたフ○チン姿で、いそいそと。
 もとい、ぶらぶらと。
 そこで待つ能面のように無表情のベテラン嬢とまぐわいはじめたのであーる。
 もおね、衝撃でね。
 というと、エロい興奮を味わったと思われるかもしれない。
 けど想像してほしい。なにが哀しくってカネを払ってまでおっさんのケツを見なくてはならんのかと。
 この、言いようのない理不尽。
 舞台上にはただただ機械的にバウンドするおっさんのケツと、それをうけるもうひとつのケツ。ふたつのケツを観客はぢぃっと観ているわけで。
 てかケツしか見えないわけであり。
 とりわけ上になったおっさんにばかり照明があたるから、ほとんどそのテカったケツしか見えやしない。
 終えるや、おっさんはすごすごとステージの隅に去り、観客のまえで服をつける。
 そしてまたジャンケンタイムと。
 その勝ち残りがステージの隅でパンツを脱いで、いざ布団へ。
 待ち受ける嬢にしっかりとゴムを装着され、してまた淡々と。
 前戯もなにもなく、
 無表情にその運動だけが終始される。
 なかには装着中に夢果ててしまうのまでいた。
 それは嬢が装着作業がてらに、最前列の常連とおぼしき老人と世間話をしておったさなかのことであり。その老人にあきれ顔に指をさされて、嬢がその手元の暴発を知るという顛末である。
 彼はまばらな失笑を浴びつつ客席へUターンと。
 いったい何しにきたのかわからん有り様で。


 にしてもなんだろうか、
 この、
 ベルトコンベア式に処理されていく哀しくも可笑しいオスの下半身事情の、そのお、あれだ、なんだ、たそがれは。
 ダンサー嬢のすべてがこのジャンケンタイムに出場するわけではない。
 ごく一部である。
 んが、
 それでも嬢は次々と代わり、老DJは客をあおりつづけた。
 そこでは、トーナメント図でも作成したくなるほどの人気が集中する回もあれば、ほとんど客の手があがらない静寂もあり。
 需要はいつでもどこの世界でも露骨なのであった。
 どの世界も似たりよったりさ。
 あのとき、
 あの客席の暗がりから、あたしゃ社会のなにごとかの縮図を垣間見てしまったのだな。
 きっと。


 ところで、
 ダンスのBGM。
 あれは踊り子さんがそれぞれ選曲するのであろうか。
 おひとりだけ際立ってセンスのあるかたがおられたのを覚えている。
 印象的だったのが、
 デヴィッド・リンチ監督のデビュー作にして、カルトムービーの金字塔『イレイザーヘッド』の挿入歌。
 In Heaven,
 Everything Is Fine♪
 あたしゃ英語も不得手なので、はたしてそう歌っているのかどうか自信が無いが、おそらくは繰り返しそう発音しているだろうと思われる、曲。
 おたふくメイクの内気そうな女の子が、はにかみながら胎児を踏むという。
「きゃっ❤」ってな感じで。
 あの強烈なシーンに流れる曲をそのおかたは自身のBGMにして踊っていたのだった。
 正直、ストリップにはどうかと。
 けれど、
 わかるでしょ。
 表現してやらずにはおれない業のようなものが、抑えがたい強力な衝動として、彼女の胸にうずまいていたことはまぎれもなく。
 揺るぎのない彼女なりの美学が、あって。
 青い照明のなかで演技に没頭する彼女の姿態と、その至福の曲調とが、いまだに脳裏にこびりついているほどなのだ。
 

 そんなことを思い出したのは、例の元グラビア・アイドルのストリップ出演騒動がきっかけであったか、どうか。
 その後劇場はどうなったかと、実は先日ふと立ち寄ってみたのだ。
 何年ぶりだろうか。
 界隈には、海外ロックのアナログ盤やCDやVHSの海賊版屋が賑わっていたはずだが、すっかり様変わりして。
 劇場のあった場所も、もうそこに当時のつげ風の面影はカケラもなく。
 年季の入った建物もなく。
 代わりに真新しい予備校のビルがのっそりと、すかした顔で空を塞いでいるばかりなのであーる。

 



 ☾☀闇生☆☽


 それもまた現実ぞ。