壁の言の葉

unlucky hero your key


 少しまえに母の日があって。
 厳密には何月何日であるのか、恥ずかしながらあたしゃ知らんわけですが。
 けれど、四季の国ニッポンの季節感を奪ったはずのコンビニの、その店内の飾りつけに、今ではその移り変わりを教えられるという。気がつけば、この国はそんなことになってしまっている。
 やれ、節分の豆だ、
 バレンタインのチョコだ、
 ひな祭りのあられだ、
 花見の行楽セットだ、
 花火セットに、
 おでんに、
 クリスマスのケーキだ、と。
 母の日ともなると、たとえば似顔絵展が催される。
 子供たちが描いた自分のおかあさんの似顔絵を募集して、店内に貼りだすという趣向である。
 クレヨンやら、水彩やら、色鉛筆を使って自由奔放に描かれた人妻の、もとい、母の顔がずらりと売り場を取り囲んで、まことにもって賑々しい。
 絵の下にはそれを描いた子供の名前が、当人らしき闊達な筆跡でのこされる。
 同じような催しは、スーパーでも見かけた。
 たしか郵便局でもやっていたような。
 どれも目を楽しませてくれるのだが、よく利用するコンビニには毎年かならずひとり、母親の頭へにょっきりと角(ツノ)描きこむ子がいる。
 睨み据えた三角の目。
 ぎゅんと尖った二本の角。
 激昂した顔色。
 なにごとか叱っている口元の、その攻撃的な歯並び。
 おもわず吹き出したくなるのだが、いつも同じ子なのだろうか。
 それともコンビニスタッフが、その家族に描かせたサクラだろうか。
 なんにせよ、強烈なアクセントになっていて、いとおかし。
 うれしいのは、その提出を許諾した、当の母親の度量だろう。
 でかした、と。
 これね、
 そういう似顔絵を描いて笑いあえる母子の関係の現われでもあるわけね。
 ほんとうにDVな母親であったなら、子は怯えてそんなの描けるわけがないし、提出なんて尚のことできないだろうと。
 ただ残念なのは、子の名前を書く欄に大人の文字で、


「個人情報なので」


 署名を拒んでいる点なのだ。
 気づけば、同じような大人の検閲がぽつぽつと見られる。
 さて、この個人情報の件だ。
 いろいろ騒がれていますが、あたしゃ詳しくない。
 なにがどうマズイのか、理解していない。
 そんなに知られて困るほどのことなのだろうか。
 こんなとこで「闇生」だなんて名乗っているあたしが言うのもトンチンカンな話ですがね。
 悪い大人に名を覚えられて、それで呼び止められて、よからぬことをされるからとか。そういうことでしょうか。
 そもそも名前というのは公的性格があって。
 いや、公のためにありますな。
 公と私を結ぶものでから、これぞ個性の代表格。
 世の中が身内ばかりなら「おい」とかあだ名で済むのだし。
 その個性を、ねえ。
 

 それで考えちゃったのだわ。
 子供の似顔絵展ですらそれを隠さねばならないご時勢というのは、それを描いた子にとって、はたしてどんな気分なんだろうかと。
 本来なら子供らしく「えへん」と自信の底上げにするなり、「えへへ」と照れるなり、あるいは友だちのを批評したり、凹んだりと、もろもろの成長につながる重要なイベントであるはず。
 なのに。





 名を隠された子に、いらぬ心配をしてしまう闇生なのであった。


 ☾☀闇生☆☽