ころ、である。
 それは例えば『石』という言葉のケツにつけられたりする。
 すると、たちまちそれは『石ころ』に変化する。
 どうよ。
 『石』と『石ころ』ではまるで違った物質のようではないの。
 それは、まぐろの斬殺死体を、刺身と言い換えたような。
 いやいや、
 それどころか、無機物が有機物になったかの錯覚すら覚えてしまう。
 なんだろか、この『ころ』って。
 他にも、犬につけられて『わんころ』。
 猫ならば『にゃんころ』。
 ひょっとすると『サイコロ』も『賽』に『ころ』を付けたものではないのか。


 さて、この『ころ』に法則性はあるのだろうか。
 すぐに思いつくのは『ころ』は、巨岩にはつけられないということ。
 遺跡の亀石を石ころとは言わないだろうし、巨石群ストーンヘンジや、エアーズロックならなおさらそう思われる。
 いや、あえて月を、石ころ呼ばわりする放胆さはぜひとも持ち合わせたいところではあるのだが、まあ、通常は「お月さま」だなんて敬っているとおり、そういうことなんだと思う。
 どういうことか。
 『ころ』は手のひらサイズの可愛げのあるやつへ、愛着をもって付けられるということだ。
 まったく同じ鉱石であっても、『小石』よりは『石ころ』のほうが、ずっとやさしい。
 そうじゃないだろか。
 わんころだって、土佐犬ドーベルマンの成犬を指してそうは呼べまいて。
 断然、小犬にだ。
 『小型犬』よりは『わんころ』、『犬ころ』のほうが、まなざしがやさしいかと。


 例えば、缶カラの『カラ』だってそうじゃないか。
 ないか、と言われたって困っちまうだろうが。
 ドラム缶や一斗缶には決して付けられない。
 トマトジュースのや、
 いわしの煮付けの、
 もしくはマグロのフレークのの、あのなんとも言えない夕陽に染まった空き地に佇んだ、ちんまりとした風情にこそ付けられる。
 てか、付けたい。
 付けていこう。


 んでね、
 なんでまたあたくしたちは、この手の小さきものたちへ、『ころ』やら『カラ』というある種の情けを添えたがるのか。
 単に意味の伝達だけが目的なら、これほど無駄なものはない。
 たかが道端の石に、わざわざ付けてやっているのである。
 有り体を言っちまえばだ、デコレーション好きなのだ。
 野の花を、欠けた陶器に活けて愛でるような、そんな哀れをいつくしむ生き物なのだ。
 して、そういった無駄な部分にこそ文化があるのだし、面白みや可愛げがあるわけで。
 ストローの包装をつい芋虫にして弄んでしまったり、タバコのパッケージでなんだか知らぬが和傘を作って自慢したりと。そんな習性に衝き動かされている。
 『ころ』こそは、その精神の根っこに鎮座ましましているのではないのか。
 しかも、この無駄の絶対感といおうか、揺るぎのなさは、のっぴきならない何ごとかを匂わせており。


 言わずもがな、大陸から漢字を輸入する前から日本語はあった。
 文字は持たないが言葉はあった、らしい。
 ようするに話し言葉として独自の文法を持っていた。
 そこへ、大陸から借りてきた漢字を当てはめていったもんだから、漢字は読めても漢文は読めず。
 レ点やらなんやらの記号まみれにして自分たちの文法として漢語を解読する術を開発するのですな。
 強引に、漢文を日本語として理解した。
 そんな性分が、日本人の外国語下手に繋がっているとかなんとか言われておりますが。
 ま、それはいいや。
 で、この大変に便利な漢字。
 もともとあった日本語に借りてきた文字を当てはめた言葉と。
 漢字とともに入ってきた新しい言葉と。
 漢字それぞれの意味をふまえてドッキングさせて作った言葉と。
 いろいろあるといふ。
 どうもこの石ころの『ころ』は、『岩石』や『石仏』といった漢字ありきの言葉の匂いがしないところを見ると、漢字輸入以前の、
 はるか太古からの、
 このちっぽけな島国の民の、
 言葉の、
 その音を面白がる精神が潜んでいるような。
 一口に、遊び、と言ってもいい。
 それほど昔から『石ころ』という言葉があったかどうかはおくとして。
 おおらかな遊びのスピリットが、彼ら先人たちの感受性の豊かさを物語っていて、あたしゃ好きなのだ。
 紙、で済むのに「紙っぺら」と。
 頬、ではなくて「ほっぺた」と。
 水田よりは「田んぼ」だし。
 木槌、金槌よりも「とんかち」。
 乳房より「おっぱい」とか。
 音ありきで生まれた言葉のような気がしてならないのだ。
 どうです、
 より、言葉が肌に触れてくるような気がしませんか。


 そして、
 そんな遊びに満ちた世界が、まど・みちおの詩なのである。
 ゆえに、広く長く愛されている。
 詩とは、音にして読みたくなるもの。
 たしか谷川俊太郎がそう言った。
 なるほど、言葉は口にするもの。
 ならば無意識に、意味より先に手触り、舌触り、耳ざわり(耳あたり)の触感で愉しんでいるはずである。
 いやん。
 なんとセクシャルな体験でございましょーか。

 
 まど・みちお詩集(ハルキ文庫)





 ☾☀闇生☆☽


 しりっぺた、とか。
 やっぱシモ方面は多そうですな。