壁の言の葉

unlucky hero your key


 
 勤務先の閉店は、ほんの少しだけ先延ばしになっている。
 状件は給料の二割カット。
 もとの貰い分がそもそもつつましやかであるからして、これはなかなかにつらいのだ。
 そうはいっても職があるだけまだマシとも言えるが、しばらくは何もできやしない。


 お金がないなら夢を見ましょう
 (ICE/C’est La Vieより)


 んで、
 夢をみたなら足がかりを。
 切りつめて、通信教育で資格の勉強を始めたのであーる。
 現状は、普通免許以外はまったくの無資格。
 それに加えて特技が皆無であるからして、すぐに履歴書に反映できる高度なものは取得できないが。
 だから何の取得を目指すのかを言ってしまうと、初心者まるだしになって恥ずかしい。
 よって、そこはいじらしく、もじもじさせてくれないだろうか。
 ともかくも、それを足がかりにして上級を目指すぞと。
 少なくとも前向きの姿勢ではあるだろうと。
 

 そんな矮小な闇生のことなどつゆ知らず、それでも回り続ける地球のごとくに腹は減り、我が髪の毛は伸び続けるのである。
 床屋に行かなくてはならぬ。
 いっそ節約してつるんつるんに剃りあげてしまおうかとも思ったが。




 
 思わないが。


 ともかくもきれいにしてもらいに、近所の床屋に行ったのだ。
 前にも書いたが、そこのマスターが無愛想な古田新太みたいなのだ。
 終始むすっとしているだけなら、我関せずとして一向に構わん。
 ええ構いませんとも。
 けれど、今回は予約を入れる電話の時点ですでにこちらの度量をためされるハメになってしまった。
「じゃあ、その十時五十分にうかがいますので」
 そう告げると、古田のやつ、がちゃんと叩っ切りやがった。
 あろうことか。
 あるまいことか。
 呆然としてしまうではないか。
 はて、なんの罰だろうかと、しばし記憶を遡ったりして。
 わかりましたも、お待ちしておりますもない。
 いきなり「がちゃんっ」だもんね。
 こりゃかなわんわい。
 さすがにやめようと思ったが、逆に興味がわいてしまうのがこの闇生というけったいなやつなのである。
 心地よいサービスの受け手ばかりやっていては、社会に過保護にされているようでつまらん。
 ましてや、あたし自身がそれほど自慢できる接客ではないし、若いころはそりゃあ酷かった。
 よくぞこの歳まで無事に生きてこられたと、そう思うくらいで。
 だからひとりぼっちの勤務の、その孤独のなかでささくれだっている奴の気持ちはわかるのね。
 同情してはいかんが、わかりはする。


 んなこたどうだっていいか。


 ともかくも予約どおりに行ってみた。
 めずらしく「いらっしゃいませ」と言われた。
 それが珍しいということを、言われてはじめて気がついた。
 そこから先はいつもと変わらない。
 会話もなく、古田は黙々と仕事をし、あたしは黙然としておつむをいじらせた。
 途中、古田は櫛を床に落とした。
 さすがにそれをまた使うわけにはいかず、別なものと換えたのだが。悲しいのがその落ちた櫛だ。奴はそれを後ろの流しに放り込んだのであーる。
 職人が道具を粗末にするなんてさ、すごいね。
 めくるめくイリュージョンだね。
 ときめいちゃうぜ。
 これでよく店が続いているなあ、と思う。
 無理やり床屋にされたのだろうか。
 んなこたぁ、ない。資格を取らなければならんのだし。
 なにより、職としてゆるぎない。


 終えてユニクロに立ち寄る。
 店内にひとり、明らかに他のスタッフたちとは世代の大きく違ったおじさんがバケツと雑巾を手に、床を掃除していた。
 ゆらゆらとさまよっては、床のシミをみつけ、雑巾でそれをちょこちょこと拭きとっている。
 ユニクロが積極的に障害者の採用をしているのは耳にしていた。
 んが、
 実際に気付いたのは初めてだった。
 大した企業だと思う。
 それもまた、職だ。


 ところでここ数年、介護の現場の荒廃が取り沙汰される。
 テレビなんぞは、点けると決まってどこかでそれを騒いでいる。
 あたしゃもう気が滅入って見ていられなくなる。
 前にも書いたが、
 子供の未来はおっさんだし、おばさんだ。
 して、そのもっと未来は老人である。
 こればかりは間違いない。
 ならば、子供に未来を語るならば、おっさんやおばさんの、ひいては老人の素敵を語らねばならない。
 そしてそんな素敵であらねばならない。
 ならば介護や失業は、子供の未来の問題なのである。
 そんな未来に絶望を提示しておきながら、勉強せいとは、これいかに。
 介護の荒廃を見せつけて、自殺するなとは、これいかに。
 子供に見せたくない番組数あれど、なによりこの未来の荒廃を見られるのが、痛い。








 ☾☀闇生☆☽


 言わずもがな、そんな番組をやめろと言ってるのではない。
 念のため。