壁の言の葉

unlucky hero your key


 おそらくは新社会人なのだろう。
 モテスーツにモテメガネに、モテPSPのフル装備でドアの横に陣取っていた。
 夜の通勤快速である。
 発射時刻を待つうちに車内はだんだんと混雑してきて、あたしゃそのモテ三昧氏のまんまえに押し出されてしまった。
 ま、
 それはいいんですけどね。
 発車と同時に気づいたのである。
 こやつ、のどごし生を呑んでいるのだ。
 器用にもPSPに没頭しつつの、
 缶を小脇にかかえて、ときにぐびりと。
 でもって、くはーっと、やりよる。
 これがあたしにはダメなのですわ。
 観光用のボックス席は別としてね、通勤電車での飲み食い。
 それもよりによって酒だものねえ。
 モラリスト気取るつもりはないのだが、これはきついって。
 もはや珍しい光景ではなくなっているはずなのだが、慣れないなあ。
 慣れたあげくに、狎れてしまっては、おしまいだとまで思っているくらい。
 しかも彼、あるツマミまで公然とやらかすのであるから。


 たとえばこんな人もいた。
 女性でね。
 手にはディズニーランド帰りまるだしのレジ袋だ。
 ミッキー、ミニーがちらばめられたあの夢見心地に目立つやつ。
 電車の扉に背中をあずけて、仁王立ちさ。
 一番絞りをやっているのさ。
 ご存知のように、電車というものは基本的に自分の立ち位置に近い窓を向いて立つことによって、おのおのがストレスの少ない環境になるわけ。
 それでテトリスのブロックがすとんと収まると。
 たださえ他人同士、至近距離で向かい合うのはノーサンキューでしょ。
 そこを彼女はドアに背をあずけているわけだから、混雑してくると乗客は否応もなく、向かい合わされる。
 だもんで、あとから乗り込んでくる人が、それに気づいて彼女の正面を避ける。
 混雑だというのに、その女の前だけぽっかりと空いてしまうのだな。
 けれど、ついに押されてだれかがその御前に突き出されると。
 されど女は一番絞りだ。
 ふんぞり返ってぐびりだぞと。
 正面に立たされたリーマンは、視線が合うのを拒んでうつむきますわな。
 されど、女はぐびりと。
 天下を見渡しておる。
 傍から見ていると、リーマンが説教されているみたいで。
 しかもね、この女、ディズニーランドの袋にポテチを仕込んであるのだ。
 ときに、それを取り出して、貪る。
 んで、指に付いた塩を、服のすそでぱらぱらっと払う。


 そしてぐびりと。


 夢の国からの帰りともなれば、気が大きくなるのやもしれぬ。
 実社会なんて、茶番よっ。ふんっ。てなものだろう。
 しかし上には上がいるもので、
 同僚はパックのハムをつまみに缶チューハイをやっているリーマンを目撃したという。
 こやつも、指についた脂を、スーツのズボンで拭いていたのだとさ。
 

 大変なことになってるぞ。


 で、
 冒頭のモテ三昧氏だ。
 耳にはあけ立てのピアスの穴。
 しかもまだかさぶたができてる。
 呑んでいたのどごし生をおもむろに小脇にかかえると、その人差し指で鼻を掘削し始めたのである。
 かなりな至近距離にあたしが立っているというのに。
 ぶっつりと指をインサートしてござるよ。
 ブツは結構なツワモノらしい。
 指先はしぶとい防戦に苛まれているらしかった。
 しかし、まもなく捕らえて、めでたく下界へ連行と。
 ははん、さてはぴんぴんとはじきよるな。ブツを。
 そう察して強く睨んだのもつかのま、
 なんと奴は獲物を食いよったのであーる。




 のぉぉぉぉおおおおおんっ。




 でもってぐびりと、
 そしてまた、指先ののこりをぱくっとな。
 食いよった。
 二度にわけて、
 たしなみやがった。
 これは、あれか、
 もったいない運動か。
 エコなのか。
 何が悲しくてこんな至近距離で、見なきゃならんのだ。
 なんの試練だ。
 クリーチャーか、お前は。
 クリーチャーだ。断じて。



 託していいのか? 
 お前に。
 この国の未来を。
 








 
 何か大切なものを奪われたよ。
 

 ☾☀闇生☆☽