壁の言の葉

unlucky hero your key

 どうもウチの店舗の構造に、その問題があるらしい。
 なんせ、お会計を済ませるやいなや、なのである。
 お客さんのほとんどが、わき目もふらずにまた売り場へと引き返される。
 セール日などはレジの列に逆行して、かき分けかき分け、そうされる。
 ちなみにあたしゃエロDVD屋。
 姉妹店のスタッフが口をそろえてその現象に驚くくらいだから、きっとウチならではのことなのに違いない。


 いやなに、それ自体に文句があるのではないっすよ。
 稀にだが、
「あ。やっぱあれも買っておこう」
 と追加をいただけば、それはそれでおいしーわ、かたじけなしだわ、この場を借りて「ありがとうございます」なのである。
 第一、ルール的にはなんら触れることはないのだから。
 ただし、セキュリティ的には、ちょっとどうでしょうかと思うことがある。
 正直、ある。
 スーパーでも、コンビニでも、店側の『気分』として悪くはなくとも、良いはずはなかろうと。
 無論その気分には根拠があって。
 一旦レジを通った買い物袋をさげて、もう一度売り場へだなんて、よからぬ人がやらかす最もベタなよからぬ手口なわけで。


 いけません。


 そんな哀しき輩と紛らわしいのである。
 ついでに言えば、漫画専門店などでは、店側が入り口でバッグをあずかるシステムのところがありますよね。
 死角が多いので。
 口の広いトートバッグなんかの場合は、預かってもらったほうが、お客さんとしても身軽だし、気分良くすごせるだろうと。
 双方ともにピリピリせずに済む。

 
 んで、


 話は「めりめり」だ。
 雨に降り込められて、その日の店は終日ガランとしていた。
 ならばとばかりに委託商品の返品を数百本。まとめてかたづけたろと、闇生はすったもんだに勤しんでいたのである。
 とそこへ、恰幅のいいスーツの男。
 四十代か。
 さながらスリー・アミーゴスの丸禿げ似。
 インイヤー式ヘッドホンに肩がけのブリーフケースで、雨のなかのご来店である。
「らっしゃっせ〜っ」
 脱いだ上着を小脇にして、店内を探索されておった。
 数分後、SM系のムック二冊をお買い上げで、4,800円也。
「ありがとうございま〜す」
 が案の定、売り場へそそくさと引き返されるではないか。
 気にしつつも、こっちゃ仕事が山積で。しかたなく作業を再開していたところ。


「めりめり」


 不意に妙な音がする。
 はて。
 はじめはレジ袋がこすれる音かと。
 せんべいとかあられ系の、あの固いビニール袋を開けるような。
 で、防犯カメラに目をやると、アミーゴはニューハーフ系棚の前。
 でんっ、と仁王立ちだ。
 片手に商品をもって、そのパッケージを焼けるほど注視しておられる。
 店内は、彼と闇生、二人きりである。
 ランデブー。
 にもかかわらず、謎のめりめりは、彼のほうから届くわけで。
 念のため、背後からそっと近づいて、防犯ミラーで視認してみる。
 彼は上着をかけた方の腕にDVDのパッケージをもっている。が、その裏面に隠れた指がせわしく蠢動している。
 そんな気配。
 タランチュラのように。
 気のせいか?
 いや、めりめりがそこで鳴っているのは、確かで。
 般若の形相でミラーを睨んでいると、ふと、アミーゴがこちらの警戒に気づいた。
 しれっとして、パッケージを棚にもどし、別の棚へと移っていく。
 それから店内をあちらこちらと移動したのち、やがて帰っていったのであるが。


 さて、
 めりめりの現場を確かめると、床に紙くずが落ちている。
 拡げてみると、なんとまあ。防犯タグのシールではないか。
 さてはアミーゴ、こいつをせこせこと剥がしておったのだ。
 にしても、大胆。
 というか、ずぼら。
 てか、なめてる。
 あんなに音を響かせては、気づかないほうがおかしいだろう。
 そう思ったのだが、彼は両耳にヘッドホンを詰めていた。
 さもありなん。
 とはいえ、カメラには映ってますから。ばっちりと。
 タグを剥ぎとられた商品は、無事みつかった。
 こちらの警戒に観念したのかもしれない。


「ドピュッとまるごと!!
 ニューハーフが発●する
 ●精シーンがあるセ●クス」


 2,980円也。
 買おうよ。
 こんなとこで人生台無しにすんなよ。
 たのむよ。
 家庭とか、あんだろ。
 アミーゴ。

 
 ちっともアミーゴじゃないが。


 ついでにのたまってしまえばだ。
 レンタル店に勤務していたころ、万引きを捕まえたことが、少なくとも4回。
 それをやらかしたら派生する店側の凹みとか、
 精神的なささくれとか、
 はたまたそれを借りられなくなる他の会員さんへの迷惑とか、
 そんな会員さんからのクレームで生まれるやりどころのないストレスとか、
 八つ当たりとか、
 やけ酒の朝の、あのションベンの湯気への、むせ返るほどの自己嫌悪のことなどは、きっと考えないのだろうよ。
 連中は。
 悪質延滞者もそうだったが。
 ようするに、反省されたことがない。
 ことごとくが、へらへらっとしていた。
 ゲームでミスった程度のニュアンスで。


 それと印象的だったのがこれ。
 だいたいブツを選ぶときって、それが陳列されてある棚に正対しますよね。
 なのにそいつは妙にこちらに背をむける奴で。
 でもって、その背中が時おり震えるのだ。
 ちょうど、握力測定で全力を出したときみたいに、痙攣する。
 何をしているのか。
 さりげなく前方にまわると、すばやくそれを察知して背を向ける。
 ならばと、闇生は考えた。
 フェイントをかけて、同僚と挟み撃ちにしてみたのだ。するとなんと、


 握っていた。


 AVのパッケージを見ながら。
 ナニを。
 ぷるぷるっと。
 震えるほどに、強くだ。
 あにはからんや。
 借りて帰れば存分に、だろうに。
 したい放題、カーニバルだ。
「ちょっとぉ」
 そう声を掛けただけで、ぺこぺこと「すんません」を繰り返して奴は去っていったのであーる。
 入会で、住所指名明かした上でもやりますかと。

 
 んなこと書いてたら、こんなことも思い出したぞ。
 VHS時代。
 AV5本借りて、即日返しの会員さん。
 それは一向にかまわない。
 むしろ大歓迎。
 しかーし、問題はその返却のバッグの中身なのである。
 テープと一緒にこんもりと、使用済みティッシュが詰め込んであるではないかっ。


 のぉぉぉぉぉぉおん!


 げんなり。そして、えんがちょ。
 さすがに、あたしゃやり返すわな。
「あのぉ、お忘れ物が」
 と。バッグを広げて差し向けたものである。
 するとどうしたか。
 あっ、となって、あわてて彼はそのティッシュを回収された。
 両手でもちきれないほどの量である。
 なんにせよ、これにて一件落着。と思いきや、彼はきょろきょろと見渡して、
「ゴミ箱ありますか?」
 言い放つではあーりませんか。
 それをここへ、捨てていきますかと。
 次の可燃ごみの日まで店をイカ臭くして、その上、企業ゴミとして有料で始末せよっていうのだろうか。
 いうのだろう。
 ならばここはひとつ、胸を張ってきっぱりとウソをつくほかあるまいと、闇生は決意した次第。
「ありませんっ」
 あってたまるか。そんなゴミ箱。


 彼はさらに5本、AVをレンタルしていったのであった。
 どうか、お元気で。

 
 というわけで、
 他のお客さまの迷惑になることは無論のこと、円満営業に支障をきたすようなことは切に、切にご遠慮願いたいなと。
 万引きだって、結局は店舗のセキュリティ強化につながって、利用者に不快を生みかねないのだしね。
 てかね、
 やっぱ、なによりも凹むのだわ。
 金額以上に。
 このか弱いエロ屋の胸がさ。
 やられる立場になってみないと分からんでしょうけど。
 




 とまあ、
 あまりに間があいてしまったので、無理から書いてみたよ。
 長文の与太話、読んでくれて、ありがとうだ。


 ☾☀闇生☆☽