世代。

 たとえばあたしは1969年生まれだが70年の大阪万博の世代としては勘定されないだろうし、実感もない。
 ビートルズをオンタイムで聴いていた世代でもない。
 なので学生運動、フォークゲリラ、サイケデリック、フラワームーブメントは単なる知識に過ぎず、肌で記憶したわけではない。
 オイルショックは80年がピークだそうだが、トイレットペーパーの買いだめ騒動がニュース映像として思い出されるくらいか。

 
 いわゆる『戦中派』の定義ってなんだろうって話になったのね。
 現場の一服中に。
 

 開戦の昭和16年から終戦の20年までの期間に存在していれば戦中派なのか?
 ちがうだろう。
 ではいったい何処に住み何歳くらいで体験していれば「戦時中を知る」といえるのだろう。


 あたしの父が昭和9年生まれ。
 徳島。
 7歳~11歳にかけてのことだから、記憶はあるはず。
 そして、帰還兵も身近にいたに違いない。
 戦時中は彼らから武勇伝も聞いただろうし、敗戦後にはその同じ口がGHQによる洗脳政策(War Guilt Information Program)に押されて閉ざされていったのも感じたことだろう。
 

 先年、靖国神社発行の『英霊の言之葉』を送ったところ、日ごろほとんど戦時中のことは語らない父だったが、なにごとか溜飲をさげたような反応があった。


 戦争を知らない世代の政治家が軍事を云々することを、落語界の某大御所が批判しているという。
 昭和11年生まれ。
 開戦時5歳。
 身近な貧困は記憶の彼方にあるだろうが、国際的な状況を把握したうえでの戦争を知った世代と言えるのかどうか。
 その貧困の記憶も、それが貧困や飢えだったと確認されるのは後年のことだろうに。
 5歳の子に貧困がはたして自覚できるかどうか。
 悲惨や不幸を現在進行形として認識できるほど比較基準を確立しているかどうか。
 敗戦が9歳。
 あたしの場合9歳といえば歌番組などを通じて世間をなんとなく感じはじめたころだったように思う。
 それまでは童謡やアニメの主題歌(当時はアニメ用の歌手が歌うことが多かった)だったのが、流行歌としてダイレクトな情報が入ってくる。
 世間に目が向き始める。


 そんな年頃に敗戦し多感な思春期をGHQ統治下で過ごしたわけだ。
 桜の木を切ったのは私です、式の擦り込み教育が始まり。
 悪いのは常に自分側。
 日本だけが悪いと擦り込まれる。


 同い年の談志が生きていたなら、この件についてどう反応しただろう。
 ビン●ディンのTシャツを着たり、高座から北の将軍様を「マンセー」する全身落語家、家元のことだ。
 反戦平和を賢しら気にストレートに唱えたりはしないだろうし、
 少なくとも落語家の役割はそこではないことくらいはわきまえていたはずである。




 丸裸の正論ほど人の神経を逆撫でるものはない。




 ならばどうだろう。
 米国は有史以来、戦争を知らない世代の無い国だ。
 休みなくいっつも戦争をしている。
 国まるごと戦中派である。
 戦争で成立している。
 戦中派が絶対というなら国防は生涯現役戦中派の米国に決定してもらえばいいじゃないか。


 世界地図を将棋盤に見立てるなら、
 敵国北にもっとも近い日本という持ち駒は、どう使われるでしょうか。
 あなたが米国なら日本という持ち駒はどう使いますか?



 ☾☀闇生★☽